202411

揺れ動く世界の中で平穏を続ける日本経済 ―――必要な体質の強化―――

名古屋大学 客員教授  経済学博士  

1 安定した自由貿易体制の恩恵

新年の日本経済は引き続き平穏に推移すると考えられる。

世界中には暗い話が多い。東ヨーロッパに続いて中東では戦争が続き、関係する多くの国々が巻き込まれている。

せっかくコロナウイルスから解放されたにもかかわらず、多くの国はその間に実施した対応策の後始末に追われている。物価の上昇から金利を引き上げて、景気引き締め政策を取らざるを得ない国が多い。経済成長率の低下が見込まれる国が少なくない。

経済大国アメリカと中国の経済が冴えない。それが全世界に影響している。世界の不安定な情勢は各国間の経済取引に影を落とし、自由で闊達な経済取引が望めなくなりつつある。

何十年にもわたり世界は基本的に平和であった。アメリカが作り上げた自由貿易体制の下で活発な経済取引が行われてきた。この体制に加わるためには自由貿易に対応できるだけの経済力の増強が必要であり、我が国は当初大変な苦労を重ねた。しかし、その後は安定した自由貿易体制の下で大発展を続けることができた。

もちろん、その体制を活用するためには大変な国際化の努力があった。まず海外へ輸出ができる製品を作り出さねばならない。それがようやく軌道に乗ると、次の課題が迫って来る。現地での生産基地の創設である。そして、製品の品質向上である。今や各国で生産される製品や部品を輸入することで、我が国の生産活動が効率よく行われ、われわれの経済力が一段と高めることができている。

基本となる世界の情勢が変わってきている。かつての強大国が問題を抱えており、自国中心主義へと転換し、もはやこれらの大国が世界経済を引き上げることは期待できない。

不安定な世界では自由な経済活動ができない。輸出入が制約を受けるようになるであろう。われわれは従来のように海外との自由な取引に依存することはできない。輸出が制約を受けるだけではない。海外からの原料や部品が順調に輸入できなくなれば、国内の生産体制が維持できなくなる。

 

2 国内への回帰の難しさ

 長年にわたり努力を重ねて進めてきた「国際化」を逆転させなければならない。国内への回帰である。それは何十年か前の経済体制に戻るだけのことである。しかしそれは極めて困難である。

 かつては先述のとおり、多くの企業が各国で生産するために大変な苦労を重ねてきた。我が国に比べて各国の賃金は確かに安かった。しかし働く習慣のない人々に、それを習慣づけることは大変であった。やっと出来上がった製品は粗悪品で使いものにならない。それを一つ一つ段階を追って改善していったのである。その成果が今日の経済につながったわけである。

 情勢は刻々と変化してきている。国によっては技術水準が上昇して、すでに我が国を凌駕する分野も出てきている。われわれは劣勢を挽回するために相当な努力をしなければならない。

ところが、この間にわれわれの働き方が変わってきた。残業までして働くことが指弾されるようになり、人々は生活を楽しむために時間を使い大いに消費生活を楽しむことが勧められてきた。それが長い間続いてきたデフレから脱却するために役立つためである。

勤勉に仕事に励む習慣は何百年もかけて、われわれが培ってきた日本人の特性である。それをなくすのは簡単であるが、取り戻すことは極めて難しい。しかし、国内への回帰を目指すためには必要な基本的な条件であり。われわれはそれに向かって挑戦しなければならない。

このような情勢の中でも、わが国の今年の経済は平穏に推移すると思われる。確かに消費者物価は上昇し、国民の生活を圧迫している。経済成長率は低いままで低迷を続けるであろう。しかし欧米諸国と比べれば、物価の上昇率は半分以下に過ぎない。諸外国の経済成長率が低下するのに対し、わが国は20年以上も成長しない経済であり、成長率が下落するわけではない。

 もちろん、それで満足している人はいない。日本の政府も従来と同様に景気を下支え、引き上げようと懸命である。物価対策として生活援助に資金を出すなどはその一つである。政府による強力な支援によって日本の景気は引き続き下支えされていくと思われる。ただし政府の経済対策としては現状が精一杯であり、さらなる景気の上昇のためには民間が意欲的に活動して作り出す必要がある。

 

3 目先の小さな利益を追って、将来の禍根を急増させ続ける日本

幸にも今年の日本経済には大きな問題はないと思われる。それでも現実には目先に多くの課題があり。その解決に奔走しているのは間違いない。不況からの脱却のために実施される減税はその典型である。消費者物価が上昇して生活が苦しくなっていると言われ、救済措置として減税が実施される。確かに国民にとってはありがたい。しかし物価の上昇率は諸外国に比べれば低いと考えられる。物価の上昇に苦しむ国が多いにもかかわらず、政府が救済措置として一律に減税をする国はないのではなかろうか。政府に資金がないためである。

 我が国の場合は、その資金を国債の発行で調達している。国の借金はいずれ国民が税金によって返済しなければならない。そういったことに目を瞑り、もっぱら自分たちの目先の利益を追い求めて、国に膨大な借金をさせて、高い経済水準を維持してきたのが日本である。

 この事態は今年も変わらないであろう。それによって破綻が表面化することはない。これこそ過去に蓄積してきた強大な経済力のおかげである。それがまだ残っているため、その間は、この流れを変える必要がないのは間違いない。

 破綻が表面化するまでには相当な期間がある。それだからこそ、その時に備え、目先の平穏がいつまでも続かないことを念頭に置いて、それぞれが長期的な対応に力を注ぐ必要がある。

 

---事業構想大学院大学名古屋同窓会会報第3号への寄稿(2024.1.1)から---

 

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