2023.1.10
基軸通貨ドルの信頼度
---大波乱の要因---
名古屋大学 客員教授 経済学博士 水谷研治
アメリカが圧倒的な世界最大の経済大国になったのは第2次世界大戦の結果である。ヨーロッパの先進国をはじめ日本も含めて見る影もないほどに荒廃してしまった。国内が戦災の被害を受けなかったアメリカは世界中の経済復興のために大きな役割を果たした。アメリカの農産物が世界中の飢えに苦しむ人々を救った。苛烈な戦争の後、日常に必要な道具も生産するための機械も工場も喪失していた各国はアメリカからの製品を求めていた。世界中で生産余力があるのはアメリカだけとなっていたからである。アメリカは大量に生産し世界中へ輸出をした。逆に他の各国は輸出をする余力がなくなっていたためアメリカが他国から輸入するものは乏しかった。その結果、アメリカは膨大な貿易黒字を続け、世界中の資金を独り占めすることになった。
凋落を続けるアメリカの経済
アメリカが圧倒的な豊かさを誇ったのは半世紀前までであろう。第2次大戦で疲弊したドイツや日本などの諸国で経済が急速に復興していったからである。アメリカの経済的な優位性が次第に無くなり、膨大な貿易黒字が縮小して赤字を出すようになった。
経済力が低下し続けてアメリカは経常収支の赤字が急増するように変わっていった。しかも赤字幅は膨大で、その分だけアメリカの対外純資産が減っていった。それが急速に進みアメリカは債務国へと転落し、今や世界最大の純債務国となり、純債務が毎年急増する事態となっている。
本来、為替相場はその国の経済力を反映するはずである。ところがアメリカのドルは昨年大きく上昇した。借金も力の内とすれば、アメリカの底力を見せつけられている感じである。
かつてアメリカは世界に抜き出た経済力を背景に世界経済の仕組みを作り上げてきた。自由貿易体制はその一つである。世界の資金の決済機構も基軸通貨であるドル抜きでは考えられない。
それを利用し、アメリカはウクライナへ侵攻したロシアに対して他国と連携して経済制裁を強め、その一環としてドル決済のシステムからロシアを締め出した。その影響は大きく、ロシアは従来のように諸外国との資金の出し入れができなくなりルーブルは暴落した。しかし、しばらくするとルーブルは復活した。対応策としてドルではなくルーブルなどでの貿易へ切り替えたからである。
ドルによる決済制度からロシアを締め出したことが、ドル離れを誘発しドルの役割を下げたと言えよう。アメリカに対抗している中国やその他の国々も対応を考えるであろう。アメリカの制約を逃れるためドルへの依存を減らそうとする動きは世界中で広がると思われる。
ドルに代わる通貨の不在
不幸なことにアメリカのドルに代わる通貨が見当たらない。其の役割を狙って作られたと考えられるユーロはその経済圏が冴えない。日本もかつての勢いが消えて久しい。急激に発展し世界への影響力を拡大してきた中国もいろいろと大きな問題を抱えている。それだけに当面は今の体制が続くことになろう。
その間もアメリカの凋落は続くと考えられる。そのような国の通貨であるドルが何時までも世界の基軸通貨であり続けることは難しいのではなかろうか。ドルに対する信頼感が無くなり、代わるものが無いと国際間の取引が支障をきたす。国際間の取引について主導する国はなく、安定的な各国間の取引ができなくなる恐れがある。長年にわたり当然と思われている国際分業の見直しを迫られる。
その間に少しでも有利な地位を狙って各国が熾烈な争いを繰り広げることが予想される。
アメリカが膨大な貿易赤字を削減する影響は甚大
ドルに対する信頼が無くなるとアメリカは普通の国なる。膨大な国際収支の赤字を出し続けることはできない。輸出できる良い製品を安く作ることができなくなっているアメリカは輸出分しか輸入ができなくなる。アメリカが輸入を大幅に削減すれば我が国を含めて全世界がアメリカへの輸出ができなくなり、それぞれの国で経済は大きく落ち込むことになる。
それは一時的な動きではなく、経済水準の是正であり正常化であるために復活することを期待することはできないであろう。
---時局2月号への寄稿(2023.1.10)から---
水谷研治の経済展望/問題点と対策Vol.40