困難な物価の抑制

---金融政策には限界---

 名古屋大学 客員教授 経済学博士 水谷研治

長年にわたり物価の優等生として通っていた日本経済の様子が変わってきた。当初はガソリンの値上がりなどの一部であったが次第に幅が広がり、身近なところで値上げが目立つようになってきた。それでも消費者物価は僅か2パーセント程度で、欧米の先進諸国と比べても極めて低いことは救いである。

ところが企業物価は1割もの上昇となっている。これは極めて重要な変化である。わが国では過去何十年にもわたり企業物価は弱含みに推移してきたからである。その背景には広範囲にわたるモノ余りがある。そのために企業物価は下がり気味に推移し、より良いものをより安く提供しなければ売れない状況が続いてきた。それが変わりつつある。その変化は今のところはまだ一部に過ぎない。しかし、その動きが徐々に広がる様相になってくると。消費者物価への影響を考えなければならない。

消費者物価が上昇すると国民生活が苦しくなるためテレビや新聞などで対策の要請が報じられている。ところが値上がりの抑制は極めて難しい。一部の品目であれば対応できても広範囲にわたって規制することは膨大な機構が必要であり非効率である。このことは先の大戦中の戦時経済体制で物価庁を設けて価格統制をしていた経験からも明らかである。

所得倍増計画を推進する一方で、上昇する消費者物価を抑えようとして懸命な池田総理の下、経済企画庁の物価政策課で奔走した筆者の体験からも実感がある。

物価の抑制には総合政策が必要

 個々の価格について政府が強権を発動して抑えることは不可能ではないものの、全体の物価を抑え込むことはできない。

現実には消費者物価が上昇して生計費が増加する救済策として各種の補助が考えられる。そのための財源として政府は国債を増発することにしている。それは一時的な政策としては考えられるとしても、需要を助長するのであるから物価の抑制にはならない。

物価は基本的に需要と供給の関係で決まる。需要を抑制するか供給を増加させなければ値上がりを抑えることはできない。供給力の増加は長期間かかるため間に合わない。上昇する物価を抑制するためには需要を抑え込む必要があり、景気を抑制しなければならない。

ところが景気を悪化させることは誰もが反対である。不人気な政策を政治家が実行することは極めて難しい。そのために嫌われ役を担わされるのが中央銀行である。金融政策が景気の引き締め策として利用される。

現実の金融政策には限界

支払う資金が乏しくなれば買えなくなり需要が減少して物価が下落するはずである。物価の高騰を抑えるために世界各国の中央銀行は金利を引き上げ、資金の供給を絞っている。ただし、その効果は大きいとは思われない。これまでに各国とも膨大な資金が供給されていて国内で資金が余っているからである。

諸外国において消費者物価が急上昇しているのと比較すると、前述のようにわが国の消費者物価の上昇幅は小さい。そのためもあって日本銀行は本格的な金融引き締めには消極的であったと言えよう。たとえ日本銀行が政策的に金利を引き上げ、資金を市場から吸い上げても、その効果は限定的になるであろう。

わが国の場合は長年にわたり膨大な資金が民間部門に滞留している。景気の低迷が長く続いていて企業の投資意欲が乏しく資金需要が少ない一方で膨大な資金が流入し続けているからである。国際収支の膨大な黒字分だけ海外から資金が流入している。財政からは赤字分だけ資金が民間へ放出されている。そのうえ日本銀行が大量に資金を提供しているのである。そのために民間部門の資金余剰は莫大であり、その余剰分を縮小するまでは金融政策の効果が発揮できないからである。

もの作りの復活が基本的に重要

本来、物価の上昇を抑えるためには供給量の増加が必要である。需要を抑制すれば経済規模は縮小するのに対し、供給を増加すれば、それに伴って経済が成長し、拡大均衡を達成することができる。

長年にわたり豊富にモノが余っているだけに、国民はモノを創り出すことの重要性を忘れている。その考えを取り戻すことは容易なことではない。しかし,モノ作りが基本であり、それを復活させなければ、日本経済の本格的な復活は難しいと考えられる。

 

---時局11月号P28-29への寄稿(2022.10.11)から---

 水谷研治の経済展望/問題点と対策Vol.38

 

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