個人消費の復活への期待

---消費行動が元へ戻るとは限らない---

 名古屋大学 客員教授  経済学博士 水谷研治

 「物」は最終的には人々に使ってもらうために作られている。人々に楽しんでいただくための仕組みもある。人々が利用しないと、物が余り、設備が遊んでしまう。経済活動が回らなくなり、不景気になる。

 反転させなければならない。人々にもっと使っていただくことが必要である。企業段階では従来から売り込みに懸命な努力が続けられている。その結果が現状なのであり、政府は全体の経済を活性化するためにも、個人消費の盛り上げに施策を重ねてきた。今後もさらに各種の方策が続けられるであろう。

 新型コロナウイルスの影響から海外、国内を問わず旅行ができないでいる。野球やサッカーの見物、観劇もカラオケも遠慮せざるを得なかった。喫茶店も飲み屋も縁遠くなった。無理に抑えられてきた支出が元へ戻るだけで、全体としては大きな売り上げの復活になる。

 その結果、全体の経済水準が元へ戻るだけではない。人々の懐には相当な資金が貯まっているであろう。それらが使われれば、さらなる上乗せ要因になり、それを契機として全体の景気が上昇していくことが期待される。

消費振興のために懸命な政府の施策

 個人消費の振興のため政府も懸命である。GoTo計画はその典型である。新型コロナウイルスのために落ち込んでいる関連業界を救済するためでもあり、旅行を推奨して費用を補助するほか、豪華なご馳走に資金の援助が行われる。そのほかにも生活補助のために資金が提供されている。それらが個人の消費を増やして全体の景気を上昇させるであろう。

 さらに本格的に消費を増やすためには元になる個人の所得を増加させなければならない。政府は企業に対して賃金の引き上げを推奨しいる。現実に収益の上がっている企業では賃上げ率が高まっているように思われる。

 一方、資金を使うためには時間の余裕が必要である。働き過ぎを止め、余暇を増やして消費生活を充実させる動きが続いている。これらを総合すれば個人消費の増加は間違いないであろう。

消費行動の変化

しかし一方では人々の消費行動がこの間に変化してしまい、元へ戻らないことが考えられる。

 人々の消費生活には、社会的に要請される部分がある。旅行もゴルフも観劇もカラオケも飲み会もお付き合いで続けている面がある。もちろん好きでのめり込んでいる人もいるであろうが、社会生活の中では周りに歩調を合わせなければならないことも少なくない。

空白の期間が長かっただけに、冷静に考える機会になり、人々の行動が以前のように戻らないことも考えられる。むしろ冷静に従来の消費行動を考える機会になり、不必要な支出が削減される可能性もある。

 結果として消費が元へ戻ることがなく減り続け、貯蓄が増えていくと国家全体としては需要が減少して戻らないため不況が続くことになり好ましいとは言えない。

しかし、各個人としては将来に向かって、準備をする余裕ができることになる。何十年も先のことを考える余裕がなかった人も年金が現在と同様に貰えるとは考えない人が多い。将来のことを考えれば、そのために自分で準備をするべきである。お付き合いの消費が多くて、その余裕がなかった人も貯蓄ができるようになって考え方が変わることは悪いことではない。

貯まった資金を従来と同様に使ってしまうのではなく。将来に備えることは健全な生活態度であり、国家としても喜ぶべき方向のはずである。

必要な方向の転換

 長年にわたりデフレ対策として個人消費の振興が図られてきた。そこには供給力が膨大で有り余っているとの前提がある。事実、長年にわたり、わが国では供給力過剰で需要不足の結果としてデフレが続いてきた。しかし現実には、事態が変わってきている。

 世界に誇ってきた日本製品の優位性が徐々に失われてきている。それを反映して貿易収支の黒字幅か縮小し、赤字化して赤字幅が拡大する傾向である。それにもかかわらず、依然として目先の景気振興のために個人消費を増やすことに力が注がれ、より勤勉に働いて、より良いものを生み出す努力が軽んじられてきた。方向の転換が必要なのではなかろうか。

 

---時局9月号2022.8.10P26-27--

 水谷研治の経済展望/問題点と対策-Vol.35

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