為替相場は経済力を反映

--目先よりも長期的な傾向が重要--

 名古屋大学 客員教授  経済学博士 水谷研治

 外国為替市場で円安が進み、その影響が心配されている。輸入する物資が値上がりし、それを反映して国内の原材料から製品の価格が上昇している。それが次第に波及して値上がりが人々の生活を圧迫する恐れがある。

 為替相場と言えば長い間、円安よりも円高が問題とされてきた。輸出産業が輸出して外貨を獲得しても、それが値下がりして採算が悪化するためである。わが国にとって輸出産業は重要な基幹産業であり、それが打撃を受ければ、国全体にその影響が及ぶために、円高を阻止することが望ましいと長年にわたり主張されてきた。

 (その最中にあった1995年「円高歓迎論」を飯田先生との共著で発刊し、本来は為替相場が上昇することは好ましいことであると主張したが、全く歓迎されなかった。)

 円安の元になっているのが貿易収支の大幅な赤字転落である。その要因は輸入物資の値上がりであり、一昨年来の新型コロナウイルスの影響に加えて、ウクライナ問題が世界情勢を根本から揺るがしていることが挙げられる。今後も紆余曲折があるであろうが、元のような世界経済に戻ることは難しいと思われる。

 これまでも原油の価格が高騰し、その影響でわが国の貿易収支が赤字へ転落したことがあった。しかし、しばらくすると原油価格は下落して、日本の貿易収支も黒字にもどった。今回もそのような動きが全くないとも言えない。さらに重要なのは経常収支である。世界最大の金持ち国である日本の対外資産は膨大であり、その投資収入などが巨額であるため貿易収支の赤字を補填することができる。そのために全体としての経常収支は黒字であり、この面からの円売り要因はない。

 それでも一時的に大幅な円売りが続いて円相場が下落することはありうることである。その場合には保有する膨大な外貨資産を元にして円を買い支えることができる。それが金持ち国の力であり、心配することはない。

赤字拡大は長期的な傾向

 問題は貿易収支の黒字幅が傾向として縮小してきていることである。前述のように確かに貿易以外の収入が巨額に上るため最終的な経常収支は依然として大きな黒字を続けている。しかし今後さらに貿易収支が悪化して赤字になり、傾向に沿って赤字幅が大きくなると、経常収支の黒字が縮小し、やがては赤字に転落することが懸念される。

 現在はまだそのような事態になっていないものの、それを懸念する必要があると思われる。それは先進の経済大国が進んだ途であり、わが国も同様な動きをしているからである。

すなわち経済力が強大化する間は輸出力が強まっていき、物を豊富に作ることができるために輸入する必要がなく、貿易収支が黒字になり、黒字が増大する。流入する外貨を海外へ投資や融資をして対外資産を積み上げる。その投資や融資の配当や金利などの収入が増大していく。豊かな経済大国が誕生する。

豊かさが低下させる経済力

豊かさの中で人々は享楽的な生活を楽しみ、学術、芸術、スポーツ等あらゆる文化が花開き、多方面で世界を席巻する。

物が豊富にあふれるために、さらに作ることが忌避され、つかい尽くすことが推奨される。勤勉に働くことが軽蔑され、難しい仕事は移民に任すようになる。海外で工場を作って生産するようになる。それらの結果として国内の生産力は低下していく。しかし海外で生産した製品を輸入すれば問題はない。国民は引き続き豊かな生活を楽しむことができる。その間に輸出力が落ちてゆく。国内での生産ができなくなり、それらを輸入するため貿易収支は赤字へ転落する。そして赤字が拡大していく。

それでも問題は起きない、膨大な投融資の収益があるためである。それで補填できなくなれば、長年にわたり蓄積してきた対外資産を売却すればよい。何十年かは是正の必要がない。そして、この傾向は改まることなく続くであろう。このようにして、かつての偉大な経済大国は衰退の一途を辿ることになる。

わが国がその途上にあるのではないかと心配している。退化する経済力を反映して円相場が低落していくことになる。国内の物価は上昇を続け、インフレが国民生活を破綻させる。このような長期的な低落を阻止することは難しい。しかし極めて重要である。

 

---時局7月号P32-33への執筆(2022.6.9)から---  Vol34 水谷研治の経済展望/問題点と対策

 

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