貿易収支の赤字化

---国際競争力の再構築が必要---

名古屋大学 客員教授  経済学博士 水谷研治

 日本の貿易収支が赤字になってきた。

 最大の要因は輸入する原燃料の価格の高騰である。このような事例は過去にも経験している。しかし特殊な要因が収まれば元の状態に復帰する。かつての日本の貿易収支は再び黒字を続けた。今回の場合も同様な動きになる可能性がないわけではない。

しかし新型コロナウイルスのために世界中の経済活動が影響を受けている。さらに世界の大国間の対立が収まりそうもなく、多くの国々がその動きに巻き込まれている。世界の経済活動が元へ戻るのではなく、むしろ事態がさらに悪化することも考えられる。

貿易赤字に無関心な日本

 どの国でも企業でも家庭でも収支が赤字になると是正を図らなければならない。支払う資金がなくなるからである。

 ところが、わが国ではたとえ貿易収支が赤字になっても、それ以外の収入があるために全体としての収支(経常収支)は依然として黒字である。長年にわたり経常収支が膨大な黒字を続けているため、われわれは貿易収支の悪化の重要性を忘れてしまって久しい。

 たとえ大きな赤字が出るようになっても、海外へ支払う資金に困ることはない。長年にわたり莫大な黒字を蓄積してきているのであり、それらを使えば何も問題は出てこない。それだけに今後も貿易赤字を是正しなければならないとの考え方は出ないであろう。

強大な生産力が国際収支の黒字の背景

 確かにわが国は膨大な国際収支の黒字を続けてきた。しかし大きな流れを見ると黒字幅が縮小してきている。このような傾向は簡単には戻らない。それは輸出と輸入の基本的な要因が変わらないからである。

 かつての膨大な黒字の背景には旺盛な輸出と輸入の伸び悩みがあった。それは国内における生産力が世界でも抜きん出ていたためである。生産力が旺盛で国内需要を上回っていたため、海外へ輸出する余力があり、輸出に力を入れる必要があった。また高い品質の日本製品を世界中が買い求めてくれた。

 物を作るための原材料は輸入せざるを得ない、しかし、ほとんどの製品については国内で安く製造できるため、海外から輸入する必要がなかった。そのために貿易の黒字は膨大な額になっていた。

輸出力の低下傾向

その結果として為替相場が上昇していった。それは国内の賃金が国際比較で上昇することを意味していた。輸出産業はより安い労働力を求めて海外へと進出するようになった。大変な苦労の末、海外の生産体制を整えていった。海外生産を軌道に乗せたあとは品質の向上を目指した。

その成果が上がると、現地で製品を販売するだけではなく、日本へも輸出するようになっていった。そしてそれらの製品を国内で生産することを止める企業が増えてきた。国内で生産するよりも優れた物が出てきた。今やいろいろな分野で輸入せざるを得ない製品が増えてきている。

 日本の生産力が相対的に後退している。現在は依然として需要を上回る供給力があって全体としてはデフレ基調が続いている。それだけに生産力を引き上げようとする意欲が衰えたままで復活しそうもない。

困難でも必要な改革

 このような流れはなかなか変えられない。それは国民性が変わってしまうからである。勤勉に仕事に打ち込み、より良いものを創り出すことに意欲を燃やしていたからこそ、より良い製品が生まれていたのである。豊かな社会となって、働くことが軽んじられるようになると、国全体の生産力が落ちてくる。

 膨大な黒字を続けてきた貿易収支が赤字を出すようになり、赤字が順次大きくなっていくであろう。しかし、長年にわたり蓄積してきた対外純資産は膨大であり、それを食い潰していけば、5年や10年で資金が枯渇することはない。それだからこそ、その間は根本から生産体制を立て直そうとしないため生産力の凋落は止まらないと考えられる。

 貿易収支の動向については安易に考えてはならない。経済体質の改革という極めて難しく、成果が上がるまでには長期間を要する問題につながっていることを認識し、困難を承知のうえで対応を図らなければならない。

 

---時局5月号P30-31への寄稿(2022.4.8)から---

    水谷研治の経済展望/問題点と対策 Vol.32

 

 

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