金融政策の転換とその効果

---金余りの変化と実体経済への影響---

 名古屋大学 客員教授    経済学博士 水谷研治

 ヨーロッパやアメリカの金融政策が変わりつつある。中央銀行が国債を大量に買い入れて膨大な資金を民間に提供していた流れの転換である。

 一昨年来の新型コロナウイルスの猛威は世界各国の経済に大打撃を及ぼした。この大天災に基づく被害の対策として各国の政府は金融政策を活用し、大量の資金を供給して救済に当たり、経済の悪化を防いできた。

各国におけるインフレ懸念

 コロナウイルスの対策として各国が人々の交流を抑制した影響は広範にわたり、経済社会全体に及んでいる。生産や物流に支障が生じ、その影響が世界中に広がった。モノ不足である。すべてはコロナウイルスの影響とはいえない面もあるものの、各国とも物価が上昇してきている。

 これまでの経済対策を転換してインフレに対応しなければならなくなった。国によって状況は異なり、物価の上昇率も違っているものの、ヨーロッパやアメリカでは政策の転換が始まっている。

 しかしながら政策の転換は難しい。単純にインフレ対策として金融を引き締めることができないからである。新型コロナウイルスの影響がなくなったわけではない。新たな型のウイルスの帰趨も分からない。景気も本格的に上昇して過熱化している状況ではない。部分的なモノ不足からの物価上昇であり、本格的に引き締めて経済を悪化させるわけにはいかないからである。

 しかしながら従来、経済対策として膨大な資金を供給してきただけに、各国の中央銀行は政策を転換する時期を迎えており、その影響が各国で出始めている。世界経済もその影響を免れない。

上昇幅の小さいわが国の消費者物価の上昇

 その中でわが国の事情はやや異なる。国際的な分業体制が支障をきたし、モノ不足から生産段階まで影響が及んでいる。経験したことがないような供給不足が生じており、企業段階の物価が上昇してきている。ただし諸外国と大きく違うのは、消費者物価はあまり上がらず。全体としての供給余剰は依然として大きく、デフレ要因がなくなったわけではない。

 しかも膨大な資金の供給は諸外国よりも著しい。それはコロナ騒動の前からデフレ対策として長年にわたり膨大な資金が民間部門へ流れ込んでいたからであり、日銀がその一翼を担っていた。そのために民間部門における金余りは膨大となり、それが長年にわたり続いている。

 そのおかげでコロナ禍の下でも企業の倒産は少なく、景気の落ち込みもやわらげられている面がある。膨大な赤字国債が簡単に発行出来て赤字財政の支援をしていることも大きい。

正常化への困難な道

 しかし、その状況はまさに異常であり、是正を図らなければならない。そのタイミングが難しい。金利を上げれば円高になり輸出産業が打撃を受けて全体の景気が悪化する。国債の価格が下がり、国債を大量に保有する多くの機関が損害を受ける。新たに発行が予定されている膨大な赤字国債の売れ行きに影響することも心配である。

しかしながら諸外国の動きが金融政策の転換を後押しすると考えられる。結論として政策の転換が小規模に行われるであろう。経済に対して大きな影響が出ないように用心深く実施されると思われる。

 その結果は予定通り小さな効果にとどまる。たとえ相当な規模で政策の転換が実施され、中央銀行からの資金の供給が削減されても現在の膨大な金余りに影響を及ぼすまでには至らないからである。

金融市場にはすぐに影響が出る。短期の金利は上昇する。ただし長期の金利が異常な低さから脱却するのを期待することは難しい。為替相場にも影響し円高の方向になるであろう。ただし、その幅は海外の金利差によるため、わが国の金利の引き上げ幅を海外の引上げ幅より大きくすることは難しい思われるところから、場合によっては逆になることも考えられる。

余りにも膨大な余剰資金を吸収するためには、本格的な政策転換を相当長く続けることが必要である。その後になって金融情勢が本格的に全体の経済に影響すると考えられる。

 

---時局3月号P32-33への寄稿(2022.2.8)から

   水谷研治の経済展望/問題点と対策Vol.30 

 

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