モノ余りが当然との思い込み

---地道な生産力強化の重要性---

 名古屋大学 客員教授  経済学博士 水谷研治

わが国の医療制度や医療施設は世界中で最も充実していると言われてきた。ところが現実には新型コロナウイルスに対応ができていない。罹患者数が諸外国に比べてけた違いに少ないのであるから、逆の意味で極めて深刻な問題である。その原因についてはすでに多方面から検討が行われているが、従来とは異なる事態に素早く対応できないのは残念である。目先の効率を重視し、将来のことを考えて対処するための努力を怠ってきた結果でもあろう。

モノ不足が生産の現場を直撃

半導体の不足が深刻な事態となっている。自動車の生産が滞り、産業界は大慌てである。最終製品は多数の部品で構成されているため、その内の一つでも不足すれば完成しない。生産者はあらかじめ準備をしているはずである。しかし一方では余分な部品を大量に抱えておれば効率が悪いため、在庫の縮小には神経を使ってきた。

わが国の場合にはモノが溢れている。必要なモノは何時でも、いくらでも調達できる。すなわち供給力が充実している。それが長年続いているのであるからモノの調達に苦労はない。注文に応じて直ちに手に入れることができる。それが豊かな経済大国の特徴である。

世界各国の中でこれほど恵まれた国はない。わが国でも70年以上前は違っていた。より豊かになるために懸命にモノ作りに励み、その結果として現在の豊かな社会を作り上げたのである。ところが長年にわたる国を挙げての努力と苦労の結果が今日の繁栄の基になっていることが、いつの間にか忘れられているのではなかろうか。

モノ不足が長期的に広範囲に加速する懸念

どれほど豊富にモノが溢れていても一時的に部分的にモノが不足することは避けられない。そのための対策や計画は必要である。しかしモノ不足が広範囲になり、それが長く続くと経済社会が根本から変わってくる。

モノの価格が上がる。それに応じてモノがより多く提供されてモノ不足が解消することが期待される。ところがモノ不足が長期的になると関係者の対応が違ってくる。将来の値上がりを見込んで需要者がより多く買い溜めようとするために需要が増大する。逆に供給側は売り惜しむ。そのために価格が元へ戻るのではなく、値上がりが加速する。それが広範囲になってインフレになる。

インフレを抑えるために需要を抑制しようとして中央銀行は金融政策を発動し、資金を吸い上げ金利を引き上げるであろう。その結果として、やがては現在の金余りとは様変わりになっていくものの効果はなかなか出ないと思われる。

根本的には供給力の強化が必要

一方では供給を増やそうとする。ところがそれは一朝一夕にできることではない。経済社会が求める精巧で、きめ細かい配慮が備わっているモノを創り出すためには長年にわたる地道な積み重ねが必要である。それがわが日本の経済力の基本にあることがいつの間にか忘れられている。

長年にわたるモノ余りのためにモノを創り出すことの重要性と難しさが無視され、デフレの原因となっているモノ余りを削減することが最重要視されてきた。それは目先の景気振興のためにはなるものの、長期的には発展の潜在力を殺ぐことを忘れて来たのではなかろうか。

長年にわたり積み上げてきた膨大な蓄積を使い続けることができるため、当分の間は豊かな生活を楽しむことができる。必要なモノを自分たちで作らなくても海外から買ってくれば高い経済水準を維持することができる。わが国が蓄積した対外純資産は莫大である。それを使い続ければ、これからも長期にわたり高い生活水準を維持することができ、その間は何の不都合も起こらない。

この傾向が続くためにわが国の生産力は今後も引き続き低下を続けるであろう。その結果、世界に占めるわが国の地位は下がり続けることが予想される。それを元へ戻すためには、地道な努力をする習慣をもう一度取り戻さなければならない。

しかし、それが極めて難しいために、いったん栄華を極めた経済大国が復活することは極めて難しい。このことをわきまえて将来に備える必要がある。

 

---時局10月号P28-29への寄稿(2021.9.8)から---.

 水谷研治の経済展望/問題点と対策

 

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