働き過ぎ改革の功罪

---目先の対策と将来への影響 ---

 名古屋大学 客員教授   経済学博士 水谷研治

 過労死は悲惨である。その要因にはいろいろあるが、働き過ぎがあげられることがある。

緊急の仕事のために残業になることがある。しかし、それが恒常的になることは好ましくない。長い時間の残業を毎日続けていることが心身に悪いことは言うまでもない。働く人達ばかりではなく、会社など人々に働いてもらっている方も避けたいと思っているであろう。しかし周りがそのような状況であると、是正は難しい。仲間の内で自分だけ仕事を途中で止めて帰ることはできない。仕事が遅れることで同業他社に後れを取ることも問題となろう。

長時間の労働が生活のために必要なこともある。しかし、それを救済する方法は別途社会保障として考えるべきである。

働き過ぎが諸悪の根源

 社会全体として考える必要がある。残業に対する規制の強化が打ち出されている。そのような規則を作らなければならないのは働き過ぎることを是認する風潮があるためである。てきぱきと仕事をこなすよりも、むしろ長く働いていることが良いとする考えがあるとすれば、それは是正しなければならない。多くの職場で工夫が凝らされているものの十分ではない。残業の制限が強化されている。

 人々が懸命に働いて多くの物が作られ、身の回りに優秀な製品が満ち溢れている。それが売れれば、もっと作ることが出来て企業は繁栄し、より多くの給料を払うことができる。その分だけさらに人々が買えば、より多くの物が売れ、良い循環になる。

 現実はその逆になっている。働くのに時間を取られて使う余裕がない。人々が買わなければ売れないため景気は良くならない。それが長年にわたり続きている。悪循環である。

 問題は人々が勤勉に働くことによって必要以上に多くのモノが作られていることである。働き過ぎることを止め、作ることを減らせばモノ余りが減少し景気の悪化が防げる。働く時間を減らして生活を楽しむために時間と資金を使えば、人生が豊かになるだけではない。モノが余計に売れて景気が良くなる。長く続いている不景気を克服することができる。

勤倹貯蓄の変わらない国民性

分かっていても国民の気質はなかなか変わらない。長年にわたる教育で勤勉に働くことが身についているからである。そのうえに使うよりも蓄えることが必要との気風があり、消費に資金が回らない。これではモノ余りは解消せず、景気が良くならない。

我が国の国民の休日は世界で一番多いと言われている。それにもかかわらずモノが有り余っているのであるから、これ以上モノを作るのを止めなければならない。そのためには人々が働くのを減らすことが必要である。

永遠の衰退へ

国民の意識や習慣を変えることは容易なことではない。しかし、このような施策や教育が長年にわたり続けられれば。やがては国民性が変わっていくと考えられる。

一般に働くことは苦痛を伴う。働かずに楽をしたいと考えるのが自然である。しかし働かなければ豊かな暮らしをすることが出来ないと思われてきた。ただし働かなくてもモノが豊富にあれば、それらを使い続けて豊かさを謳歌することが出来る。今日のわが国のように、膨大なモノ余りの中では、かなりの期間それを続けることができる。むしろ、それによってデフレ要因が是正され景気が良くなる。全てが良いこと尽くめである。

国民がこのような生活に変わっていくと、再び勤勉に働くことが難しくなる。その結果、苦労してモノを創り出す力が萎えていく。そのためモノ余りの日本がモノ不足の社会へと変わっていき、やがてはデフレ経済がインフレ経済へと転換していくであろう。

インフレ経済になれば景気が良くなるのであるから、大いに働いて作れば売れて儲かる。分かっていても働く習慣を失くした国民は再び苦労して働いて良いものを安く作り出すことはできない。インフレのために国民の生活水準は低下を続けるであろう。

かつては経済的な繁栄を極めた多くの国がたどった道である。一旦落ち込み始めると、それを転換することは難しい。国民の資質を元へ戻すことが極めて困難なためである。

目先の問題を解決するための施策が、将来の長期に渡る衰退の要因になることを考える必要がある。

---時局5月号P24-25への寄稿(2021.4.7)から---

   水谷研治の経済展望/問題点と対策

 

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