ウイルスに勝てない経済政策

名古屋大学 客員教授          経済学博士 水谷研治

買う人なく、生産もできず

新型コロナウイルスが全世界を席巻している。猛烈な勢いで感染者が急増する国はもちろんのこと、それを見ている多くの国が感染予防に総力を挙げるのは当然である。

人の接触を避けることが必要である。大勢が集まる催し物を中止することから始まり、外出禁止にまで急伸する。当初は要望であっても、要請から命令へと急変する。国際間の移動が原則としてできなくなってしまった。

お客を失ったのは旅行関係者だけではない。飲食店など広範囲の業界に強烈な打撃を及ぼしている。売り上げが激減して成り立つ企業はない。失業者が増えていくであろう。消費は落ち込み、景気が悪化する。

さらに深刻なのは生産活動が低迷することである。人の移動が制限される結果として、広範ににわたる経済活動が阻害される。それが世界的な規模で起きている。国際間の分業体制が裏目に出て、部品の調達ができなくて生産活動に支障をきたす企業が出てきた。

経済全体への影響を考える場合には主として需要面だけを問題にすることが多かった。しかし今回は生産活動という経済の根幹を揺るがす事態になっている。それが全世界に広がっているのである。

 

金融政策による懸命な救済

 総力を挙げて対応しているのは「緊急事態宣言」を出しているわが国だけではない。急落する株式市場に狼狽し各国の中央銀行が金融市場へ大量に資金を供給し、金利を引き下げた。急激な資金不足から企業や個人が破綻することがないように配慮もしている。

ただし、そのような一般的な金融緩和策に効果を期待することはむつかしい。特にわが国では極端な金余りが続いており、そこへさらに資金を供給しても、余った資金がさらに上乗せになるだけで効果は限られている。

深刻な影響を受けている個人や企業を直接救済する必要があり、各国の政府は大量の資金を準備して救済に乗り出している。

それによって直接、間接に甚大な被害を受ける人や企業を救済するのは緊急事態における政府の重要な役割である。それとともに一連の動きによって経済情勢が急速に悪化することを防がなければならない。緊急事態に対処するための財政政策の発動は極めて重要である。

ただし、それによって経済全体がどの程度の落ち込みで止まるかの見当がつかない。一時的な現象であれば、いずれは元へ戻り、その後は落ち込んだ分も含めて埋め合わせが自然にできる可能性がある。ところが今回は影響が全世界にわたり、しかも長年にわたり築き上げてきた国際分業の裏目が出て、生産体制の基本的な見直しまで迫られている。

 

目途が立たない経済活動の復活

 世界経済を引っ張ってきた中国経済の落ち込みは深刻である。経済成長が鈍化して問題が増えたところでの新型コロナウイルスの打撃である。中国への輸出で潤ってきた各国の景気は簡単には戻らない。ヨーロッパもアメリカも広範囲にわたり経済活動が止まってしまった。世界の経済は大きく落ち込んだ後、回復の目途が立たない。

わが国も例外ではない。すでに多くの分野で売り上げが激減している、輸出が減少しているだけではない。部品の輸入ができなくて国内の生産活動が支障をきたしている。

今回の新型コロナウイルス騒ぎの前からわが国の景気は弱含みになってきていた。それだけに、それを打ち消すオリンピック景気に期待が集まっていた。多くの関係者は長年にわたり力を注いできただけに何としても開催したかったであろう。全国民の願いでもあった。しかしオリンピックどころではなくなった。

政府としても不退転の決意で対策を重ねるであろう。莫大な財政資金を準備し、影響を受けている人びとや企業に対して手厚く支援するなど、かつてなかった大規模な施策が実施されている。

緊急事態である。本来なら国がどれほど大量に借金をしてでも経済を支えなければならない。ただし、わが国はこれまでに莫大な借金を作っているのである。その中でさらに国債を大増発することを忘れてはならない。

 

---時局6月号(2020.5.7)への寄稿 水谷研治の経済展望/問題点と対策Vol.10 P30-31から---

 

inserted by FC2 system