世界戦略の見直しを

---必要な国内回帰への取組み---

                 名古屋大学 客員教授    経済学博士 水谷研治

収まらない国際紛争

 世界の各地で起きている争いが収まりそうもない。表面化していないものの、その種を抱えている地域も少なくない。

 世界の情勢はいつも混沌としている。第二次世界大戦後も米ソの鋭い対立が続き、激しい戦火が交わる地域もあった。ソ連が崩壊すると、世界は自由主義国家の優位が確立し、安定するかに見えた。しかし現実は甘くない。各地の紛争は絶えず起き続けた。

 この間わが国は恵まれた状況にあったと言えよう。経済大国アメリカの陣営に属し、その恩恵に浴して経済再建を果たし高い経済成長を続けることができた。

 産業界は新しい技術を取り入れ、生産体制を確立し、欧米の先進国に追いつき追い越し、経済大国を作り上げていった。強大な生産力を基に作られた精巧な日本製品が世界中を席巻した。それが実現できた背景には世界経済の拡大と自由貿易体制があったと考えられる。

海外への生産拠点の移行

世界経済の発展で恩恵に浴したのはわが国ばかりではない。多くの国々が経済を発展させることができた。それには我が国を含む先進国からの各種の援助もあった。経済力の向上によって世界の購買力が上がり、それが先進国の輸出につながり良い循環が続いた。

しかし輸入国では輸入制限の動きが強くなっていた。それと共に輸入国で生産体制を作る基盤ができていった。その動きを助長する形で産業界は世界各国で生産体制を作り上げていった。

それは苦労の連続であった。優秀な人材を海外へ派遣し、強力な支援によって、ようやく生産体制を作り上げ、何とか軌道に乗せていった。続いて製品の質を上げなければならない。企業は苦労を続け、日本産と遜色のない製品を作ることができるようになった。この間、当の諸外国が生産体制の整備充実に懸命な努力を重ねた結果でもあることは言うまでもない。

製品をその国で作るようになると輸入する必要がなくなる。我が国からの輸出が減っていった。品質の良い製品が安くできると、それらを日本へと逆に輸出するようになる。我が国の輸入が増え、それらを製造していた国内の工場は縮小せざるを得なくなる。

 国内産業の空洞化が進んでいる。輸出力が減退し輸入が増え、貿易収支は大幅な黒字が縮小して赤字化の傾向になる。我が国としては、この動きを止めなければならない。それが個々の企業にとっても必要になってきた。

不安定化する各国の情勢

進出した各国の状況が変わりつつあるからである。生産活動が軌道に乗ってきた国では次第に賃金が上がり。コスト面での優位性が失われつつある。しかも世界的な経済成長率の低下が多くの国の景気を悪化させる。この傾向は当分の間、続くと考えられる。

どの国でも高い経済成長が多くの問題を解消してくれる。好景気が続けば国民生活は向上し、人々の不満を解消することができる。社会が安定的に推移する。それが経済成長に繋がり好ましい循環を創り出す。

景気が悪化すると逆の悪循環になる。それが長期化すると社会が荒れるようになる。混乱が続くと経済活動に支障が出て来る。効率的な生産体制が続けられなくなる。すでに情勢が悪化しているところがあり、今後はそれが増えて行く可能性がある。

困難でも重要な国内回帰

海外進出は多くの企業にとって長年にわたる大方針であった。それはアメリカの主導の下で自由貿易が推進され世界経済が高い成長を続けることを前提にしていた。それが逆転しつつある。アメリカが内向きになり、関税障壁が強まると世界の貿易は縮小せざるを得ない。世界経済は低迷を続けるであろう。景気が悪化すると、どこの国でも潜在していた諸問題が表面化し激化する。経済社会の混乱が増加する。

生産活動を円滑に行うためには経済社会が安定していなければならない。その大前提が成り立たなくなると、長年にわたり力を入れてきた海外進出を見直す必要がある。国内への回帰を検討しなければならない。

それは簡単ではない。一度劣化させた生産体制を再構築することが極めて難しいからである。それでも長期戦略として考えなければならない。

---時局2月号P34-35への寄稿(2020.1.7)から--- 

    

 

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