『繁栄を続ける条件』

     2018917日    水 谷 研 治

1 恵まれた我々

 長年にわたり平穏な経済が続いている。

我々は幸運にも多くの要因に恵まれてきた。国際関係はその一つである。しかし国際的にはすでに大きな動きが始まっている。そして目先的にはともかくとして、我々の将来には困難な問題が待ち受けている。

それらの困難な情勢に眼を瞑り、目先の自分たちだけの幸せを目指してきた結果としての平穏な経済であるように思われる。我々は今だけではなく将来にわたる国全体の幸せを考える必要がある。

 

2 激動する世界の情勢

 第2次大戦後70年余りにわたり、世界の情勢は我が国にとって有利に推移してきた。

この間にも大きな変動があった。ソ連が崩壊し、EUが誕生し、中国が躍進した。世界的な金融の破綻も体験している。

それにも関わらず、世界経済は拡大を続けた。一貫して世界経済を引っ張り続けたのはアメリカである。

そのアメリカが、かつての力を失くしているにもかかわらず、長期間にわたり態度を改めることなく今日に至っている。

アメリカは世界中から大量に輸入を続けてきた。そのおかげで世界経済が拡大を続けたことが我々にとって幸運であった。直接アメリカに対してだけではなく、全世界へ大量の輸出を続けることができたためである。

しかしながら,その結果アメリカは異常事態に陥っている。極端な借金経済を長年にわたり続けた結果、アメリカは大借金国に転落しているからである。

問題が表面化しないのはドルが基軸通貨であるためである。しかし、これほどの大借金国の通貨ドルが基軸通貨としての役割を何時まで果たすことができるかは疑問である。

大変動が起きる前にアメリカが態度を変える必要がある。そのとき世界経済は正常化を迫られる。その影響は甚大である。異常にかさ上げされた分が無くなるだけではない。これまで積み上げてきた負債の返済分だけの大きな下降要因が表面化するためである。

我が国の輸出環境は悪化するであろう。それが国内の景気を引き下げる。さらに大きいのは激動する世界情勢の中で我が国も自力で独立を維持し安全を確保しなければならないことである。

ヨーロッパが簡単に安定した状態になるとは思われない。中国大陸が安定的に発展することは難しそうである。多くの発展途上国も世界経済全体が落ち込む中で各種の問題が表面化するであろう。

経済的な苦境が国家間の紛争を助長する。国の存亡を賭けた問題が多発するであろう。我が国も例外とはいかない。それへの準備を軽視し、もっぱら自国の経済的な繁栄を目指してきたこれまでとは違ってくる。

国の安全を確保することは最優先事項である。そのためには外交と防衛に優秀な人材を当て、相応の資金を注ぎ込まなければならない。世界各国並みに近づけるためには相当な経済的な犠牲が避けられない。少子高齢化が進む中で、大量の国費を拠出しなければならないことの大変さは容易に想像できる。

 

3 経済水準の向上は目的であり大前提

最低限の生活のためには経済的な保証が必要である。最低限の定義は難しい。文字通り生きていくための食糧にありつくことが求められる。そこから始まり、健康で文化的な生活が要請されるようになる。その水準が次第に上昇する。経済社会が豊かになるにつれて、求められる最低限が上がっていくためである。

相対的な経済格差はなくならない。多くの人々は低い段階に属する。政治的に多くの人々の支持を得るためには、これらの人々の不満を利用することになりがちである。煽られて大勢の人々がより高い要求をする。

求められる最低限の経済水準が際限なく上がっていく。政治は無理をしても、それに応じなければならない。経済水準の向上は大きな目標になる。

それは国内の政治的な要請だけではない。国際的に独立を維持し繁栄を続けようとすれば、それなりの体制を整備し、対外的な発言力も必要である。そのためには経済力を増強しなければならない。

水準を維持するだけでは、新興国に追い上げられ、やがては優位性を失うことになる。それは相対的な衰退につながる。経済力の向上は将来にわたって必要不可欠である。

 

4 困難な供給力の維持・増進

 現在の我が国にとって最大の経済問題は不況と考えられている。作る力があり余っているにもかかわらず、売れないために作り続けることができない。

需要を掻き立てることが必要である。需要が増えれば経済水準はそれに応じて上昇する。収入を貯め込むのではなく、使うことが需要を増やし、経済を活性化する。

しかし不安定な将来を考えると、手元の資金を使ってしまうことはできない。そのような態度が悪循環を生むと言われても、責任感が強い経済人は保守的にならざるを得ない。

そこで政府は総力を挙げて需要の拡大に当たっている。利用されているのが金融政策と財政政策である。

金融政策の景気振興効果は乏しい。それでも強行すると副作用が大きくなるだけである。

財政政策は有効である。政府は長年にわたり膨大な赤字財政を続けており、それだけ経済水準が大きく押し上げられている。その反面、膨大な財政赤字をさらに増やすことは難しく、さらなる景気引上げ策にはならない。

将来的には財政破綻が避けられないため、その準備として大きな犠牲が必要である。

政府は需要を拡大するため賃金を上げるよう産業界に働き掛けている。その一方で過大な超過勤務を削減することに力を入れている。

 これらが需要の拡大に役立つことは間違いない。しかし一方では供給力を弱める動きになる。それは需要不足で供給過剰の現状では好ましい。しかし、将来的には大問題につながる。

戦後、長期にわたり企業は意欲的に投資を進めてきた。そのために次々と新製品が生み出され、それが世界中へ輸出されて我が国の経済水準は急激に上昇していった。

しかし、このところ我々は需要不足に悩まされてきた。供給力過剰と言っても良い。そのために供給力の重要さを忘れがちである。

ものを作り出し供給することは難しい。しかし供給力こそ経済力の基本である。

どれほど高品質のものであっても、やがては誰かに真似られ、より良いものが作られていく。水準を維持するためには、絶えず向上を目指さなければならない。

それができなければ供給力を維持することもできなくなり、経済水準は低下していく。

 

5 国民の努力と犠牲が国の発展の基本

 対応するためには国民がより勤勉に働く必要がある。そしてより高い水準を目指して向上心を燃やすことが求められる。

 現在だけが、自分だけが良ければとの考え方では衰退の道から逃れられない。

 国民一人一人がより多くの犠牲を払い、将来のために、国全体のために尽くす考えがなければ、大きな流れの中で、繁栄を続けることは難しいと思われる。

 

---望洋会(名古屋大学経済学部1956年卒の会)HP5万回記念への寄稿から---

 

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