金融の大緩和政策の効果

2017.7.21

名古屋大学  客員教授

 経済学博士 

1 日本銀行の目標は「物価の上昇率2%」であった

 日本銀行が極端な金融緩和策を行うにあたり、目標としたのは物価の上昇率を2パーセントにすることであった。

デフレ脱却のためには一時的に少々物価が上がっても、それで緩和策を取り止めるのではなく、目的を達成するまで金融緩和策を貫徹するとの決意表明であった。

 政策が効果を発揮する筋道は、それによって需要が増加して物価が上昇し、デフレから脱出することを狙ったはずである。

 大量に資金を供給されれば、人々がその資金を使うために消費が増大して物価が上がるというのが第一の狙いである。

 大量に資金を供給すれば金利が下がる。それによって企業の設備投資意欲が掻き立てられ、経済が活況を呈するというのが第二の目標であった。

 これらの筋道は金融理論の常識となっていたと言っても良かろう。ノーベル賞学者などの偉い学者や他国の中央銀行の議長などが日本へ来て盛大に講演していた。常識に沿って金融政策を実行しないのは不可解であるとまで言われた。

 それらの中には、最近になって、自分の不明を告白した人もいるようである。

 現実は御案内のように、まったくの失敗であった。物価は上がっていない。消費は盛り上がらず、設備投資も増えていかなかった。

 理由は簡単で明瞭である。「金融」に力がないからである。

 通常の経済社会では、資金がないために経済活動が抑えられている。

その場合には資金が供給されれば、人々は手に入った資金で余分に買うであろう。個人の消費が増える。企業は安くなった金利で資金を大量に調達し、より多くの設備投資を実行する。その結果として需要が増大し、経済は活況を呈する。

 ところが我が国は長年にわたり膨大な資金過剰状態を続けている。資金が国中に有り余っているのである。

資金が不足しているために、個人が買わないのではなく、企業が投資をしないのではない。資金が豊富にあるにもかかわらず需要が伸びないのである。

 そのように資金が余っているところへ、どれほど大量に資金が供給されても、それが使われることは考えられない。

 そのような極めて常識的なことが無視されている理由にはいろいろ考えられる。

 

2 経済の実情から遊離した学会の理論

 前述のように高名な学者の意見を取り入れたのが、その代表であろう。

 政策決定者は何かをよりどころにしようとする。世界的な大先生の意見を拝聴するのは必要であり良いことである。しかし、それを現実に適応するか否かは政策当局者の責任で決定しなければならない。大先生が責任を持ってくれるはずがないからである。

 多くの学説の大部分は間違っていない。しかし、それには前提がある。経済情勢が通常の場合との大前提である。異なった状況の下では必ずしも妥当しない。

 それだからこそ、自分が経済の実情を良く知らない他国へ自説を当てはめようとすることは考えられない。もしも、そのような主張をするとすれば、あまりにも幼稚と言わざるを得ない。

 そのような幼稚な意見を採用するほうは、さらに程度が低い。表面的な権威に盲従していると言われても仕方がない。

 我が国の金融情勢は異常な資金過剰の状況である。膨大な金余りの現状を前提とした政策論議でなければ意味がない。

 莫大な資金余剰がかなり減少するまでは、金融政策が効果を発揮することはできないと考えられる。その意味では当分の間、何年もそのような事態には至らないと筆者は見ている。

 

3 大緩和の影響は円相場と株式相場を通して

 ただし金融の大緩和策が全く影響しなかったわけではない。

これほどの大量の資金が供給されれば、金利は低下する。その結果、円を持っていても手にする金利が少ないため円を売る力が強くなり、円の為替相場は低下する。

円相場が下落すると輸出がしやすくなり輸出産業には歓迎される。逆に輸入産業には不利になる。我が国では輸出産業がより大きいため、全体としても景気を良くする方向に働く。

日本銀行は資金を供給するために国債を買っている。しかも、さらに多くの資金を民間へ供給するために投資信託を買うことによって膨大な株式を買い続けている。本来これは「禁じ手」のはずである。

たとえ間接的であっても日本銀行が大量の株式を株式市場から吸い上げれば株価は上昇する。

株価は重要な経済指標であり、先行きの景気を示す最有力の先行指標とされている。株価が上がれば先行きの景気が良くなると思われる。その結果、企業の行動は積極的になり、景気が上昇する。

これらの効果は出ていると考えられる。おかげで現在の景気はその分だけ引き上げられているのである。もしも大金融緩和策を止めれば、これまでに押し上げられてきた分だけ景気を引き下げる。

景気の悪化を承知したうえで金融政策を正常化し、金融の大緩和政策を取り止めることは極めて難しいと思われる。このような異常な金融政策を続けても、当分の間は何の支障も現れないためでもある。

我々は考えておかなければならない。このような異常な政策がまだまだ続くであろうということが第一である。

それと同時に、このような無謀な政策はやがて転換せざるを得ない。その時には通常への復帰に伴い、それなりの影響が出て来るはずである。

さらに重要なのは、これまでの長年にわたる異常な大緩和政策の結果、蓄積された極めて深刻な問題を解消する必要があることである。

その影響は極めて甚大である。我々は悲惨な将来のことを真剣に考えるべきである。本来なら、今たとえ景気がどれほど悪化しても、無謀な政策を転換して経済の正常化を断行することが必要なのである。

ただし現実には、そのような大転換はできそうもない。

---名古屋大学経済学部1956年卒業同窓会望洋会への寄稿(2017.7.21)から---

 

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