消費税先送りの功罪

---目先の小功、将来の大罪---

 2016.6.22水     名古屋大学  客員教授

 経済学博士 

1 増税延期の意図

 「よほどのことがない限り、次は必ず消費税を引き上げる」と言って前回、安倍総理大臣は引上げを延期した。その安倍総理が消費税の引上げを20174月からさらに2年半延期することを宣言した。

 その理由として、「現在はリーマンショック並みの経済危機である」との認識を示し、それを主要国が認めたと伊勢志摩サミットを利用した。

 途半ばのアベノミックスを軌道に乗せるには、消費税の10パーセントへの引き上げの延期が必要であるとの考えである。

もしも予定通り消費税を引き上げれば景気の足を引っ張ることになるであろう。そのようなことは誰も好まないと言うわけである。

 更なる景気の上昇を願っているのは、ほとんどすべての人々である。憲法改正を狙っていると思われる安倍政権としても、選挙によって一気に三分の二の圧倒的な勢力を確保したいところであろう。

 

2 大多数が賛同する消費税の引上げ延期

 増税に賛成する人は稀である。自分の懐が痛むからである。消費税は全国民が負担することになる。大部分の国民が避けたいと思うのは自然である。

 消費税の引上げの延期には、誰もが賛成であろう。できれば現在の8パーセントを元の5パーセントへ戻してもらいたい、さらには無くしてほしい、と願うのが人々の正直な気持と思われる。

 もし消費税を引き上げれば、負担が増える人々は、生活防衛のために節約するであろう。その分、売れ行きが落ち、景気が悪化する。

 その結果、企業の業績は悪化する。それにつれて雇用が減り、賃金も減り、個人の収入が減って、人々の消費が一段と冷え込むであろう。それが景気を一層悪化させる。

 そのため国の税収は減少する。せっかく消費税の増税によって税収が増加しても、次の段階で法人税や所得税が減る。全体としての税収は当初計画してようには増えない。

 増税で選挙に勝ったためしがないと言われる。政治家にとって増税は避けたいところである。

ただし我が国の財政が危機的な状況になっていることは明瞭である。いつまでも増税から逃げるわけにはいかない。何時実行するかが問題である。

今日のように景気に弾みがつかない段階での増税ではなく、景気が良くなってからの増税にしたいと考えるのは自然である。それを政府が言い出せば、反対する人は少ない。

 

3 経済水準は右肩下がり

 現実の日本経済は10年以上も横ばいを続けている。1990年以降の国内総生産の足取りをたどると右肩下がりとなっているのである。

 今後も急速に少子高齢化が進むために、この下降傾向を覆すことは難しいであろう。

 景気を上昇させよとしても金融政策は役に立たない。これほどの金余りの中では金融は全く無力である。財政政策はただ一つの景気対策であるが、財政事情があまりにも悪く、膨大な赤字がある現状では、財政赤字をさらに拡大させるような施策が採れるはずがない。

 増税を先送りすれば、より経済水準が低下した段階での増税にならざるをえない。その時点でも、それを回避したいとの主張が出てくるであろう。もはや永遠に増税ができなくなる恐れがある。

 政治にとって増税がいかに困難かを熟慮した結果として、「増税を政争の具にすることなく、計画的に消費税を引き上げる」ことを与野党の3党で合意にこぎつけたのは当時の野田総理大臣である。

 その英断を無にしたのが前回の消費税の延期であり、さらにそれに輪を掛けたのが今回の再延期である。その結果、将来にわたり増税ができなくなった可能性がある。

その結果は恐るべき悲惨な将来である。

 

4 社会保障への影響

 今回の消費税の引上げは社会保障の充実のために行うことになっていた。当然ながら、そのための財源が不足する。中には取り止めることができない分もある。それには財政赤字の上乗せを考えざるを得ない。

 長期的には少子高齢化によって社会保障費が急激に増加する。それを抑え込まなければならない。将来の国民は現在の国民が享受しているような手厚い社会保障が受けられるはずがない。

 医療や介護の手当はもちろんのこと、最低水準の生活保障もままならないことになろう。

 

5 急増する国債残高

 国は膨大な財政赤字に耐えられないと思われるかもしれない。筆者はそのように考えていない。我が国の現状を見れば、当分の間、まだまだ膨大な赤字財政を続けることができるからである。

 普通の国では、これほどの赤字国がさらに赤字を出すと、赤字を補てんするための国債を発行することができなくなる。必要な資金を借金で賄えなくなれば破綻である。方向の転換をせざるを得ない。

 ところが我が国の場合には、必要な大量の資金を国債の発行によって調達することができる。したがって資金不足から破綻が表面化することはない。

 この状況を今後とも10年くらいは続けることができると筆者は考えている。その間、膨大な財政赤字を出し続けることができるわけである。その赤字分だけ毎年国債残高が増えていく。

 830兆円になる長期国債は毎年20兆円以上も増え続ける。しばらくすると1000兆円をはるかに超えることになるであろう。その金利を毎年支払わなければならない。

やがては金利水準が正常化するであろう。その時には国は全税収入を金利支払いに充てなければならなくなる。その段階になって、初めて国家破綻が表面化する。

 

6 悲惨な将来の国民

将来の国民は悲惨である。税金を納めても自分たちのために使うことができないからである。それは借金である膨大な国債が残る限り永遠に続く。

国債を削減しなければならない。それには収めた税金よりも少なく使い、余った資金で国債を削減する以外にない。

それを何時実行するかが問題である。現在、我々は自分たちが納めた税金よりも余分に使い、不足分を国債の増発によって賄っている。そのおかげで豊かな生活を謳歌している。

どこかで逆転させなければならない。大増税と支出の大削減が必要である。その時、経済の水準は大きく下落する。国民の生活水準は急降下する。

 

7 目先の自己の利益より将来の国が重要

それが分かっており、嫌なために、我々は財政改革を先送りしてきた。その咎めを将来の国民が負うことになる。

その責任が彼らにはない。膨大な国債を作った我々の責任である。

今の自分の利益を考えて増税を先送りし、好きなように大量の資金を使って自らの幸福を追求することが、将来の国民にどれほどの不幸をもたらすかを考える必要がある。

将来への明るい展望があってこその社会であり、我々である。

目先の自分の利益よりも将来の国のことを考えるべきである。

---名古屋大学望洋会への寄稿から---

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