マイナス金利の影響 ---混乱する金融界---

2016.2.12      名古屋大学  客員教授

 経済学博士 

1 マイナス金利の範囲

 1月末、日本銀行はマイナス金利を発表した。

 日本銀行が金融機関から預かっている資金の一部についてマイナスの金利を付けることにした。

これまではすべての預り金に対して0.1パーセントの金利を付けてきた。それを3つに分け、基本的には従来どおり0.1パーセントのままにする。それを上回る一部については金利を付けないで、さらに上積みされる分についてマイナス0.1パーセントの金利、すなわち0.1パーセントを金融機関に納めさせるのが、その内容である。

意図は金融機関に対し、民間へ資金を投入するように促すことである。従来であれば、日銀へ資金を預けておくだけで0.1パーセントが稼げる。これからは逆に0.1パーセントを支払わなければならない。

したがって金融機関は日銀へ預けている資金を企業等へ振り向けるであろう。それによって民間の経済活動が活発になり、景気が上昇することを金融政策が目指したわけである。

さらに日銀独自の問題もあったと考えられる。大量の資金を預かって、それに金利を支払っているのは合理的とは言えない。そもそも、それほどの大資金を日銀が預かる必要はない。

このように大量の資金が日銀に預けられているのは、日銀が異常に大量の国債を買い取っているからである。その資金が民間へ供給されることを狙って行っている施策のはずである。

ところがその金融政策の意図が達成されていない。理由は簡単である。民間に資金需要がない。余った資金の行く先がなく、やむを得ず金融機関は日銀へ預け金として膨大な資金が積み上げているのである

この状況を変えるための強硬策がマイナス金利と考えられる。

 

2 株高と円安

 今回の施策によって金融機関は日銀への預け金を削減するであろう。その分だけどこかへ資金を回さなければならない。融資が望ましい。

ところが、これまでも必死に融資先を模索してきているが、金融機関同士で取り合っているだけで、新しい融資先はない。

 金融市場へ資金を出す以外にない。資金の出し手がさらに増えて、取り手がない。金利は下がり、マイナス金利になる。相対的に利回りが高い株式が買われるであろう。株価は原則として上昇するはずである。

 国内で有利な資金運用の方法を見つけることが難しくなると、海外へ運用先を探すことになる。海外で運用するため外貨を買う必要があり円が売られるであろう。円相場が下落する。

 他の条件が変わらなければ、この動きが続き株高・円安が進むはずである。

ところが状況は変化する。日銀が金利をマイナスにしなければならないのは、それによって景気を振興する必要があるほど景気が思わしくないためである。

 マイナス金利で景気が良くなれば良い。しかしマイナス金利の効果がないとすれば、景気の先行きが心配になる。景気の悪化が企業の業績を低下させるであろう。株価が下落する恐れがある。早目に株を売却するほうが安全である。売りが増えれば株価は下落する。

為替相場は円の先行きとともに外国の将来にも影響を受ける。例えばドル円相場にはアメリカ経済の先行きが大きな影響を及ぼす。

そのアメリカの景気は上昇してきているが、力強さがない。もしアメリカの景気がさらに上昇すれば、中央銀行は金利を引き上げるであろう。現在の金利水準が異常に低くなっており、極力正常に近づけるように金利を引き上げが必要なためである。

結果としてアメリカの経済は頭を押さえられ、力強い景気の上昇は期待しにくい。それを反映すればドル相場が上がり、円相場が下落するとは限らない。

むしろ日本の景気が思わしくないことが日本の輸入を減少させて国際収支の黒字が拡大し、円相場が上昇する可能性がある。現在でも大きな日本の経常収支の黒字幅がさらに拡大し日本経済の強さが買われて円相場が大きく上昇することが考えられる。

 

3 金利の引き下げ

 膨大な余剰資金を抱えて運用に苦しむ金融機関は、まず融資を増やそうと貸出金利を引き下げるであろう。これまでも異常に低くなっている金利がさらに引き下げられる。

 しかし、それによって融資が増えることはほとんどないであろう。資金需要がないからである。

 金融市場の金利も下がっている。マイナス金利が一般的になりそうである。もはや国債を本格的に購入するわけにはいかない。

 預金金利を引き下げなければならない。マイナスにしたいところであろう。ところがマイナス金利にするためには税金など解決しなければならない問題があり、簡単ではない。

 通常、銀行は預金保険を掛けている。流動性の高い預金は0.054パーセント、定期性の預金は0.041パーセントのコストがかかる。せめてこの分だけでも預金者に負担してもらいたいのが本音であろう。そのうえ資金を預かっているだけで費用も掛かる。

 資金の運用ができず、預金者が費用を分担してくれなければ、銀行業はやっていけなくなる。

 

4 マイナス金利の影響

 金融市場での影響は早速出ている。短期国債はもちろんのこと中期国債もマイナスになっている。10年物国債ですらマイナスを記録した。

 マイナスの国債を購入することは原則として難しい。保有していて損失が出るからである。

 将来、値上がりが見込める場合は別である。ところが今後さらなる金利の低下、すなわち金利のマイナス幅が拡大する可能性は少ないであろう。たとえ、そのような事態となっても金利の低下幅は小さいと思われる。

 現在の金利が異常に低いことを考えれば、上昇する場合の幅は極めて大きい。その結果として国債など債券の価格は暴落する。そのような債券を大量に保有する場合の損失を考えないわけにはいかない。

 運用方法を探し出せない金融機関はやっていけない。その典型がゆうちょ銀行である。

 政府はゆうちょ銀行の株式を今後も民間へ放出する計画である。しかし株価が売り出し価格を大幅に下回ると、すでに応募した多くの国民が今後も応募してくれるとは限らない。

 

5 金融政策の限界

 これらの現象が予想されていたとは思われない。資金需要が極端に乏しい実情が理解されていないのではなかろうか。

 このような金余り状況では資金の値打ちはない。その場合には資金の供給を増減しても何の効果も発揮できない。金利を上下しても、それによって実体経済を動かすことができるはずはない。

 もはや金融政策は有効性を失った。

 それでも、まったく効果がないわけではない。その効果はプラスばかりではない。マイナスもある。

 

6 金融界だけではない大混乱

 金融界は大混乱に陥っている。金融市場が機能しなくなることがその代表である。前述のように金融機関としてマイナスの国債を大量に買うことは原則としてできないためである。

 金融機関に代わって膨大な国債を購入するところがあれば良いが、難しいのではなかろうか。買い手がなければ、国債を発行することができない。

 財政が莫大な赤字であるため、国家は毎年膨大な国債を発行しなければ支払資金がなくなる。公務員給与も支払えない。重大な事態に至ることが懸念される。

 預金金利をマイナスにする以外に金融機関が生き残る方法はない。国民は金利収入がなくなると生活設計も変えなければならない。生活防衛のために消費を減らすことが予想される。景気の悪化要因になる。

マイナス金利は預金者の考え方に影響を及ぼすであろう。貯蓄心が損なわれることは長期的に大きな問題である。

---名古屋大学同窓会望洋会への寄稿(2016.2.12)から---

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