債務循環論

―――国家債務の増減に伴う経済の長期的な大変動―――

                           水 谷 研 治

 景気を良くしたいと誰もが考えている。

 それには需要を増やすことが必要である。供給力が旺盛で需要が不足しているためである。需要が増えただけ経済量は拡大する。

 需要は消費か投資と見られているが、買われることによって需要が生まれる。買う元になるのは収入である。収入が増えなければ、支出が増えず、景気が良くならない。景気が良くならなければ、収入が増えず、いつまでも景気の低迷が続く。それが現実であり、長い間、景気は停滞したままになっている。

 このような低迷を克服するためには、収入を大きく増やさなければならない。その収入は個人が望ましい。個人の所得が増加すれば、人々の消費が増え、それが企業の売り上げを増大させ、企業の収益を引き上げるであろう。その結果として企業がボーナスの支払いを増やし、給料水準を引き上げれば、個人の所得はさらに増大して、景気はさらに上昇する。

もちろん最初に企業の収益が増大しても良い。それが個人の所得を増加させることにより、企業の売り上げを通じて収益をさらに増やすことにつながる。

そのためのきっかけが必要である。それを政府の経済政策に期待されている。有力なのは財政政策である。

財政政策が景気振興に有効なのは、大量の金額によって需要を大きく押し上げることができるためである。しかも大きな赤字を長く続けることができることも重要である。

結果として政府は長年にわたり財政の赤字を増やし続けることになりがちである。その間、景気は上昇を続けることができる。しかし、その結果として国家の債務は急増する。

それを抑えるためには、財政赤字を圧縮しなければならず、それは景気を悪化させる。それが国民の賛同を得られないため、財政再建は実行が難しく、結果として国家債務は限界まで拡大し続ける可能性がある。

限界に至ると、もはや放置できない。それが経済の大きな転換点になる。その後、長期間にわたり財政体質の改善のために国家経済は縮小を続けざるを得ない。

このような国家債務の増減に伴う経済の変動の期間と幅は国の経済力によって違ってくる。また、どこまでの債務を限界とするかは、国民の意識を反映する。

もしも供給余力が小さければ、赤字財政によって需要が増加すると、たちまちインフレ―ションになる。インフレ―ションが国民経済を破壊するため、早い段階で方向転換を迫られる。すなわち限界が早く現われる。したがって国家債務の増減による影響は小さい。

しかし我が国のように経済力が旺盛で供給力が有り余る場合には、国家財政の赤字が大きくても、それによる不都合は生じない。財政赤字は供給余力を削減するだけであり、デフレ要因を縮小して景気の上昇をもたらし、好ましいことのみである。なかなか限界に至ることはない。

そのために長期にわたり、巨大な債務が生まれる。その間、長く経済の拡大が続く。その反面、いったん限界に達すると、今度は長期にわたり大きな経済縮小が避けられない。

一般に経済力の大きい国は、いわゆる経済大国であり、世界経済への影響力は大きい。現在は多くの国で財政赤字が慢性化しており、国家債務が増大している。中でも我が国の財政悪化は極端である。

その将来における極めて深刻な影響を考え、対応を急ぐ必要がある。膨れ上がった巨額の国家債務を大至急で削減しなければならない。それには経済の急激な縮小を覚悟せざるを得ない。

それが言うべくして困難であれば、その結末を受け入れる以外にない。その準備を個人としても、企業としても大至急で始める必要がある。

               (みずたに けんじ 名古屋大学 客員教授)

---景気とサイクル第58号巻頭言 景気循環学会201411---

 

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