日本財政破綻の可能性

―――まだ表面化しない財政破綻と深刻な財政再建の影響―――

                                            東京福祉大学  大学院教授

                                                      経済学博士   

 

  限界をはるかに超えている国債残高

  我が国の財政は危機的な状況になっている。

  財政赤字が40年以上にわたり続いてきた。しかも赤字幅が極端に大きくなってきている。

赤字分だけ借金が増える。国の基本的な借金である建設国債と赤字国債の合計は600兆円に達している。

借金には限界があるはずである。借金すれば返済しなければならない。少なくとも借金の金利を支払う必要がある。それらは収入に頼らざるを得ない。したがって収入との関係で最大限の借金が決まってくる。

消費者金融の場合は消費者の年収の3分の1までが限度とされている。企業の場合は年間収入である売上の半分が限界と筆者は長年にわたり主張してきた。

国の場合は企業よりも、より厳格である必要があるが、逆の見方もある。最終的には国民から税金を取ればよいのであるから、甘く見ても構わないという考え方がある。しかし、どれほど大目に見ても、国が使うことのできる年間の収入が限界であろう。

国の年収は税収が基本である。それに税外収入が加わる。ところが国はその全額を使うことができない。地方交付税として地方へ分けなければならないからである。国として使える年間の収入は地方交付税を除いた分だけである。

2010年度の予算を基にしてそれを試算してみよう。税収37兆円に税外収入3兆円を加えた40兆円から地方交付税交付金17兆円を除いた23兆円が年間に使える国の収入である。これが国債残高の限界と考えるべきである。

 

  破綻が表面化しない理由は極端な金余り

  現在、国債残高は限界をはるかに突破しているにもかかわらず、財政破綻が起きていない。

  本来ならば、過大な借金があると返済ができない。そのために、そのようなところへ貸す人がいなくなる。新たに借金ができないと支払い資金が枯渇して破綻する。

  我が国は膨大な借金があるにもかかわらず、資金が調達できない状況にはなっていない。国債は順調に発行できており、何の支障もない。それは国中に膨大な資金余剰があるためである。

  その背景にあるのは深刻なデフレ経済である。我が国では供給力が旺盛で需要が極端に不足している。そのために景気が低迷し、経済の活力がなくなってきた。

高い品質のものが国内にあふれている。したがって海外から買いたいものがなく、輸入が伸びない。一方、企業は国内で売れないために海外へ販路を求めており、大量の輸出が行われている。結果として経常収支は大きな黒字となっている。黒字分だけ海外から国内へ売上代金が流入する。それが毎年20兆円に近い膨大な金額になっていた。

国は民間から納入される税金の範囲で民間へ資金を支払うことになっている。このように均衡財政を維持するかぎり民間との間で資金の過不足は起きない。ところが財政が赤字になると、民間から税金で吸収する以上に支払うのであるから、赤字分だけ民間へ余計に資金が流入する。これが年間で40兆円にも上るのである。民間では資金が有り余ってしまう。

デフレが続いており、企業では投資意欲が湧かない。自己資金の範囲で十分に間に合ってしまう。したがって資金を借りる必要がない。企業の資金需要が出てこない。

余った資金の運用方法がない。海外投資へも注ぎ込まれる。国内で運用しようにも資金需要がなく社債の発行も僅かである。国債でも買う以外にない。国債が順調に消化されている。このような状況は当分の間、変わることなく続くであろう。したがって我が国の財政破綻はまだ何年も起きないと考えられる。

(参考:「企業金融論の基礎」 水谷研治著  東洋経済新報社)

 

  さらに悪化する財政

  財政支出を抑制しなければならないことは分かっていても、現実には難しい。国民の要望が強く、選挙対策もあって国の支出はむしろ増加気味である。

大幅な増税が必要であるが、政治情勢から見て実施は容易なことではない。不足する資金は国債の発行によって調達する以外にない。

  幸いなことに国内に資金が豊富に余っており、国債が順調に発行できる。このようにして資金が順調に調達できるかぎり、大幅な赤字財政を変える必要がない。デフレ対策として要請されるところから赤字財政は今後も維持されるであろう。

国債残高は増加を続ける。それでも何ら問題は起きない。毎年40兆円ずつ国債が増加する。2年で80兆円、3年で120兆円の増加である。

本来ならば、膨大な国債残高のため、その金利支払いが大きな負担になるはずである。ところが膨大な資金余剰のために、金利水準が異常に低くなっている。おかげで金利負担を何とかしのいでいる。

  このような財政の状況は変わることがないと思われる。変える必要がないからである。もちろん、これほど大きくなった財政赤字をさらに増加させることはできない。多少とも赤字を削減しなければならない。すると赤字の減少分だけ景気を悪化させてしまう。

  我が国の経済規模は縮小していくおそれがある。そのために税収は減り、財政赤字は拡大する可能性がある。それでも国債の発行が順調に行われるため、我が国の財政破綻は表面化することなく、国債残高は急増を続けることになるであろう。

 

  デフレによる産業の空洞化でインフレ経済への転換

  景気の悪化が続くと企業経営は成り立たない。倒産が増え、事業の縮小が続くであろう。安く作らなければ売れない。より安く作るため、海外で作って輸入することがさらに進むと考えられる。

  海外から安い製品が輸入されると、国内で作っても太刀打ちができない。国内生産を縮小せざるをえない。産業の空洞化が進むであろう。

  国内で作らなくなると、それに伴う各種の技術がなくなる。そのために日本製品の品質が悪化する。海外で引っ張りだこであった日本製品が売れなくなる。輸出が減っていく。日本人が日本の製品を買わなくなる。安くて品質が良い海外製品のほうが国内で売れるようになり、輸入が増える。貿易収支は黒字から赤字へ転落し、赤字が増えていく。

  そのようになっても消費者としての国民は何の痛痒も感じない。どこで作られた製品でも、安くて良ければ満足するからである。

  我が国は長年にわたり膨大な黒字を続けてきた。その結果、莫大な対外資産を貯め込んでいる。それを使っていけば、最低10年間は大規模な貿易赤字を出し続けることができる。その間は何の問題も起きない。

  その間はデフレが続き、産業の空洞化がさらに進むため、我が国の供給力は衰退を続ける。

  そして長年にわたる貿易赤字の結果として、対外資産を使い尽くした後に経済情勢は転換期を迎える。物不足のためインフレ経済へ転落するためである。

 

  借金地獄への転落

  デフレに苦しむ現在は、ものが有り余っているためにインフレにしようとしてもインフレにならない。何とかして物価を上げたいと思っても無理である。資金を大量に供給することも意味をなさない。

  資金が不足している場合であれば、資金を供給すれば、それが使われて需要が押し上げ、物価を引き上げる。しかし現在は資金が大量に余っているのである。そこへ資金をどれほど供給しても、それはさらに資金を余らせるだけで、需要に繫がらない。

  将来、ものがなくなると様相は一変する。

輸入代金を支払うために資金が海外へ流出する。不足するものを早めに買い占めておこうとするため資金需要が増加する。

一方、資金の供給が減る。もの不足によるインフレを抑制するために資金の供給が抑制される。財政の赤字も強烈に圧縮が図られるであろう。

資金需給が逼迫し金利が上昇する。それが借金の金利支払いを急増させる。

それは10年以上先になるであろう。それまでに毎年40兆円以上の財政赤字を続けるために10年間で400兆円も国債が増え、国債残高は1千兆円を超えるようになる。

インフレになる前、極端なデフレが解消する段階で異常に低い金利水準は正常化して上昇する。10年ものの国債の金利は6%程度にはなるであろう。金利の支払いは年間で60兆円になっていく。それだけを毎年支払わなければならなくなる。

その時点で国の年収はどのようになっているであろうか。

以前の我が国では税収は毎年大幅に増加していた。高度経済成長が続いていたためである。ところが経済が成長しなくなると税収は伸びなくなった。そして経済が縮小するにつれて、税収は減少してきている。

デフレが続き景気が悪化するために、現在の税収を維持することは難しいであろう。全部の可処分年収を当てても、急増する金利の支払いにははるかに及ばない。金利を支払うためには、さらに国債を上乗せして発行せざるをえない。それが金利水準を高め、金利支払いを増やす。悪循環が起きて、借金地獄に至る。

ここで完全に財政は破綻する。いや、破綻が表面化する。

(参考:「赤字財政の罠」  水谷研治著  PHP新書)

 

  財政再建の影響は甚大

  我が国はインフレ経済になる。そして悪性インフレへと転落する。国民の生活水準が継続的に低下していく。もはや、その時点では対処の方法はない。

  それを阻止できるのは今の我々だけである。膨大な国債を作った我々が国債残高を適正水準まで削減することが必要である。それが財政再建である。

金利が正常化する前に、過大となった国債を削減しなければならない。すなわち財政再建をデフレの間に実行する必要がある。それは大変なことである。財政再建がデフレを激化させるからである。

  財政再建の方法は明白である。まず支出を徹底して削減しなければならない。公務員の採用を半分以下にし、人件費を大幅に圧縮するには当然である。国家として必要最低限の外交と防衛以外には大鉈を振って支出を取り止める必要がある。社会保障といえども例外扱いすることは難しい。

  大増税が必要である。消費税を大至急で大幅に引き上げなければならない。国民一人ひとりの生活に甚大な影響を及ぼす。

  その結果は明白である。長年にわたり我々が膨大な財政赤字によって押し上げてきた経済が本来あるべき正常な水準へ戻るだけではない。これまで無理して押し上げてきた分も是正が必要になり、それだけ経済水準は急落する。

  現在の経済水準を維持しながら財政再建をする方法がないかと誰もが模索するのは分からないわけではない。ところが本格的な財政再建を断行する以上、そのような甘い方法を探しても無駄である。

税収が経済水準の下落に連動して減少するため、その分まで上乗せして再建を実施しなければならなくなるからである。逆の乗数効果が現れる。

本来そのように危機的な状況になると、政府に救済を求めたいところである。ところが政府自体が破綻しているのであり、政府に応じられるはずがない。国民の一人ひとりが自分で生き延びる以外にない。

それだけに国民は自分自身で対応する必要がある。その準備として節約による自己防衛を考えなければならない。人々が買わなくなれば、企業は売れなくなり、それが全体の経済をさらに悪化させる。

それが好ましくないことは明らかである。しかし、もはやそれを避ける方法はない。事態が危機的な段階へと突入していくことを認識し、各人が準備する以外になくなってきた。

景気の急落が5年間は続くであろう。経済水準は何十年も前の段階へと戻っていく。

ただし、徹底的に改革を断行すれば、それで灰汁抜けする。過大な荷物を抱えて呻吟していた日本経済は身軽になって、再発展を期待することができるようになる。明るさが戻り、再発展に向かって国民が希望を持つことができるようになると考えられる。

  (参考:「日本経済・絶望の先にある希望」  水谷研治著  PHP研究所)

 

―――ESP2010夏号 100712経済企画協会 特集  財政危機と消費税  への寄稿(2010.7.12)から―――

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