東京福祉大学 大学院教授

                                                      経済学博士 

  どん底からでも世界一に成れる

            ―――64年前を振り返ろう―――200981

  景気が急回復しているといっても、極端に低い水準からの話である。先々を見ると、悪い話題が重なっている。

  しかし先行きに希望がないと決め付ける必要はない。いったんは大きく落ち込んでも、そこから再生することができるからである。それは我々が実際に経験したことである。64年前の体験である。

  アメリカやイギリスなど世界の列強を相手に必死の戦争を遂行し、敗戦を迎えた我が国は悲惨の極にあった。当然のことながら戦争であらゆるものを犠牲にしたからである。

多くの国民が死んでいった。戦場で多くの軍人が倒れ、国内ではあらゆる都市が空襲に会い何十万人もの死者が出ていた。戦後も中国東北部では悲惨な逃避行が続いた。

あらゆる物資が戦争のために費やされた。そのために戦争が終わった段階では、あらゆる原材料がなくなっていた。工場は爆撃で壊滅し、機械は賠償で持ち出され、物を作ることができなくなっていた。船も車もなく輸送ができなかった。

家は空襲で焼かれ、着る物がなく、食べる物もなかった。米の飯が満足に食べられるようになるとは予想もできなかった。

零からの再出発であった。何もなかったのである。何でも欲しかった。

しかし基礎資材である鉄は貴重品であった。それを鍋や釜などの生活必需品に使ってしまえば、生産に必要な機械を作り出すことができない。それでは物を生産することができず、永遠に経済水準を上げることは不可能である。

国民の生活を犠牲にして、基礎的な生産体制の拡充のために貴重な資源を重点的に当てることにした。傾斜生産方式である。多くの国民の犠牲がなければ、本格的な将来の希望を生み出すことはできないからである。

人々の努力によって一つ一つ物が作られていった。一人当たりの国民総生産はほとんど零から出発し、アメリカを追い越し、世界一へと駆け上がったのである。

奇跡的な経済発展を遂げた我が国である。どれほど落ち込んでも、将来について心配することはない。より良い将来を目指し、国民が犠牲的な精神を発揮して各人が必死に努力すれば、当面は大きく水準が低下するものの、しばらくすれば明るい将来が見えてくる。我々にはそれだけの優れた素質が備わっているのである。

―――セイコーエプソンWeb 税務会計情報ネットTabisLand への寄稿(2009.8.1)から―――

 

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