2003.6.1

  無力となっている金融政策

       ―――金融政策で景気を良くすることはできない―――20030601―――水谷研治

  景気を良くして欲しいと誰もが念願している。大きく経済を動かすためには、大きな対策が必要である。そのために考えられるのが財政政策と金融政策である。

  財政政策は国の収入と支出を通じて経済活動に影響を及ぼす。ところが長年にわたって赤字財政を続けた結果、国の財政事情が惨憺たる状況となり、もはや財政赤字を増加させることは考えられなくなってしまった。

  残された政策として金融政策に注目が集まっている。金融政策は資金の量を調節することと、金利を動かすことによって経済への影響力を及ぼすわけである。

  資金を豊富に供給すれば、資金を自由に利用できるようになるために、人々や企業が多く買うようになり、需要が増えて景気が良くなると考えられる。また金利を低くすると、資金を借りて投資をしようとする企業の意欲が高まり、景気を良くするはずである。

  このような筋道が成り立つためには、条件が必要である。資金が多く供給されれば、それを利用して需要が高まるという点と、金利が下がれば投資が増えるということである。それには前提がある。資金が不足しているために買いたいものが買えないことと、金利が高いために投資ができないことである。

  これらの前提は当然のことと思われている。ところが、現在は異常な事態となっているのである。金余りとなっているからである。しかも金余りの程度が極端であり、しかも、それが基調として今後も続くと考えられる。

  現実に金利がほとんどゼロへ引き下げられたままである。短期金利はゼロである。10年もの長期国債の金利ですら0.6%を下回っている。これらは余りにも異常である。これ以下に金利を下げることはできない。

  このような低金利は膨大な資金余剰の結果である。すなわち、すでに膨大な金余りとなっているのである。資金が余っているところへ、さらに資金を供給しても、何の影響も出ないことは明白である。

  すなわち今や金融政策は完全に力を失っているのである。

  それにもかかわらず、それ以外に政策の手段がないとの理由で金融政策が期待されている。現実に大量の資金が供給されており、その結果、金余りがさらに激化し、それが無用な不都合を引き起こしている。

  現実を見直して、根本から考え方を変え、政策の方針を変更するべきである。

  我々としては、金融政策に期待して甘い将来を夢見るわけにはいかない。

---TabisLandへの寄稿(2003.6.1)から――― 

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